【湘南美容外科の発展史|創業者・相川ドクターの著書に学ぶ】

異例の急成長を遂げた美容外科クリニック

 

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湘南美容外科の発展史はトップページでも紹介していますが、そこに書ききれなかったことをここにまとめました。

 

出典は主にドクターの著書「情熱経営」幻冬舎 刊です。

 

苦難の門出

相川氏は29歳の時に独立し、2000年に湘南美容外科第1号院を故郷の藤沢市に創設しました。

 

その後の急成長ぶりから、資金やコネが豊富だったのだろうと予想していましたが、実は全くの逆。

 

無謀に独立してみたものの、資金はない、師匠や先輩もいない、人脈もないといった状態だったそうです。

 

開院当初はまったく患者が来ず、相川ドクターみずから商店街でパンフを配り、ポスティングまでしました。

 

このエピソードは「医者がそんなことまで?」と「意外」と受け止められることが多いようです。

 

幼少の頃に貧しい経験をしたからこそ、つらい仕事を自らやる行動を起こせたと語っています。

 

得意技で開運

4か月を過ぎると徐々にお客さんが増え始めました。

 

彼は得意の脂肪吸入に集中してハイレベルなサービスを提供します。

 

これが功を奏して、客数はどんどん増えていきました。

 

オールマイティーになる才能がないと思ったら、得意分野に特化した方が早く頭角を表せる。

 

彼はそう語っています。

 

開業の翌年2001年には、早くも初の分院 横浜院を開設します。

 

初の著書が話題に

2003年には「医師が教えるビューティバージンロードの歩き方」「愛される匂い美人になる。」という2冊の本を出します。

 

特に後者はマスコミにも取り上げられ、集客に貢献しました。

 

美容外科のグレーだった部分にどんどんオープンで公明正大な手法を導入することで、湘南美容外科は人気のクリニックになっていきます。

 

急成長路線に乗る

2005年以降、出店が加速していきます。

 

組織が大きくなるにつれ、一時は数字管理型の経営者を目指したこともありますが、結果が悪かったので元に戻したそうです。

 

コミュニケーションや理念を重視した経営手法を確立していきます。

 

2015年には創業15年で44院の規模となり、美容外科界の一大勢力にまで成長します。

 

ベトナムにも1院出しています。

 

総合病院設立を目指す

医療の分野もどんどん拡張しています。

 

2020年にはSBCメディカルグループで総合病院を設立することを目指しているそうです。

 

モデルは理想的な病院とされるアメリカのメイヨー・クリニック。

 

それに倣った理想的なクリニックを実現したいとのことです。

 

プライベートの話題ですが、青春時代はテニスに熱中した相川氏は、今はジェット機の運転に夢中のようです。